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表参道物語



このあいだ、バイトが休みでいい天気だったから『おとうさんとぼく』展を観に表参道に行った。『おとうさんとぼく』は最近岩波書店から復刊されたドイツのアーティスト プラウエン,e.o.、本名エーリヒ・オーザーの作品で、あるおとうさんと息子のゆかいな日々がコミカルに描かれた漫画だ。


正直どうやって作品のことを知ったか正確に思い出せないのだけど、ジンギャザで知ったのかな?オーザーはナチス政権下に反ナチス主義を貫いて、それによって命を落としたアーティストでもある。


その日せっかく出かけるからにはウィンドウショッピングをしようと思い、某店に入った。そこはアメリカ留学中に安く叩き売られてるものを買ったり、今も古着屋で見つけると買うことも多くて、なかなか好きなブランドだ。セールもよくしているし、全く買えないという感じのところではない。

その店舗は表参道という場所もあって巨大で、おそらく国内では一番なのではないかという気がした。

私が欲しいと思っていた服は、1着買うと何パーセントかが寄付されるという特別に出たコレクションで、その中のピンクでフードのついたトレーナーが欲しかった。色もデザインもありがちだけど定番な感じが好きだった。

値段を知りたいと思ってネットで探したけど分からなかったから、店舗で確認しようと思っていたし、実物を見るのを楽しみにしていた。


店に足を踏み入れると、すごく豪華な作りになっていて、ピカピカな革靴にスーツをビシッと着た人たちに迎えられた。私は入ったことを一瞬で後悔した。


店内はおそらく本物ではないオーク風の木材をメインに、重厚感を演出した雰囲気で、おしゃれな店によくあるスパイシーな香水の匂いが漂っていた。


その日、私はストリート系のファッションをめざしてみたときで、ビシッとした格好ではなかったし、革靴も履いてなかった。だからなんとなくその場には不釣り合いだった。 店内は混み合ってないから店員さんの視線から逃れられず、「〇〇のシリーズってどこにありますか?」と近付いてきた人に聞いた。

するとそのコーナーまですぐに案内されたけれど、その速さが逆に、私に早く帰ってほしいように思えてしまった。案内される途中、「どこで見たんですか?インスタで見たんですか?」と聞かれた。


そのすこし上から目線に感じられるトーンから、私はこのブランドに普段馴染みがなく、インスタ経由の一見の客と決めつけられているのだろうなと感じた。たしかに私はこの店に全身コーディネートをしてもらいに来たのではなく一着の服とその値段を見ることが目的だし、ファッションには詳しくないし、そう思われても別に悪いとは思わなかったけれど、それはそんな態度を取られなきゃいけないほど悪いことなのだろうか。


そのブランドはグッチとかセリーヌとか、そういうハイブランドとは違う。だから商品の値段は客が慄くほど高いというわけではない。なので無理やり圧をかけて敷居を高くする自作自演みたいなパターンに思えた。ハイブランドのほうが、一見さんに慣れていて、もっと開かれているのだと思う。


目的のものが置いてある場所に着いたので、お礼を言った。するとその人は少し鼻で笑って、私が買えないところを見届けようとしているように感じられた。私もだんだんムカついてきたから応戦して、なんなら買ってやる!と、試着することにした。


服はすごく可愛かったけど1万5千円もした。冬を越せるアウターならまだしも、正直ドンキに2千円で売っててもおかしくないようなただのトレーナーにそんな金額は出せなかった。


寄付の活動はすごくいいと思ったし、デザインもすごく好きだったから最高だったけど、冷静になってわたしの経済状況を考えてみても、こんなデカい買い物をして人に寄付をしている場合ではない。

試着室を出るとその人はすぐ目の前に構えていた。私は苦し紛れに考えます、と言って服を渡すとその人は無言でそれをサッと取って消えて行った。使ったマスクカバーは回収してくれなかったからそれを握りしめて外に出た。吹きつける秋風は冷たくて、なんだか戦いに負けた気分だった。


もう全てが最初から間違ってるのは分かってるけれど、そっちが資本主義でぶっ叩いてくるなら今度はこっちも札束でぶっ叩いてやると思った。正直あの店にはもう行きたくないけれど…。


のろのろと傾斜のゆるい坂道を歩いてるとなんだかすごく惨めな気分になってきて、とりあえず目的の『おとうさんとぼく』の展示に向かった。それは表参道のすごいおしゃれな路地の中で開催されていて、入場料は500円だった。

展示会はおばさまたちが多く、受付で「あらどうやってこの展示のこと知ってくださったの?若い人が来てくれてうれしいわ~」と歓迎された。さっき拒絶されたばっかりで嬉しくて、ちょっと涙が出そうだった。


展示会はすごくすてきな空間だった。そしてたまたまこの展示を企画された方とお話しすることができた。彼女がドイツに暮らして育児をされていたとき『おとうさんとぼく』に出会い、励まされて、日本でもぜひ復刊させたいと彼女が個人的に岩波にかけあって復刊が実現したらしい。その過程も、作品も、すべてがすごくすてきだった。


『おとうさんとぼく』はすでに版権が切れていて自由にグッズを作れるから、おばさまたちの手作りグッズが売られていて、すごく愛らしかった。いろんなことをお話ししながらひとつ200円の手縫いのキーホルダーを買った。

家に帰ってあらためて『おとうさんとぼく』を読み返していると、オーザーだけでなく作品に関わった才能ある3人のエーリヒのうち、生き残ったただひとりのエーリヒ・ケストナーの文章が載っていた。

それをよく読むと、オーザーとクナウフ、ナチスに殺された2人のエーリヒらとケストナーが貧乏生活をしながらアート活動に勤しんでいたころ、その生活がつらく、アートで食べていくことを諦めて自殺した後輩アーティストがいたという。


3人のエーリヒと違い、彼の物語が語られることはほとんどないのだろうと思った。なんだか私にはそれが悲劇的に思えたし、自分もそうなるんじゃないかと怖くなった。いや、でもやっぱり札束であの店をぶったたき返してからじゃないと死ねないと思いながら、2ヶ月前に賞味期限が切れていたエースコックの春雨ワンタンスープを食べた。

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